日伊文化交流協会IROHA芸術会員の紹介
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ぜんざい

二十四節気は中国の戦国時代の頃、太陰暦の季節からのずれとは無関係に、季節を春夏秋冬の4等区分する暦のようなものとして考案された区分手法のひとつで、一年を12の「節気」(正節とも)と12の「中気」に分類し、それらに季節を表す名前がつけられている。

本来の二十四節気は中国の中原を中心とした地域の気候をもとに名付けられており、日本で体感する気候とは季節感が合わない名称や時期がある。日本ではこのような事情を補足するため、二十四節気のほかに、土用、八十八夜、入梅、半夏生、二百十日などの「雑節」と呼ばれる季節の区分けを取り入れた。なお、二十四節気や雑節は、旧暦に追記されて発行されていた。

これらは現在でも農事暦や旬を楽しむ生活暦として使われ、新暦における日付とは異なるわずかな季節の変化、すなわち微妙な季節感を感じ取ることが出来る。

日本は明治5年(1872年)以降、太陽暦をもとにしたグレゴリオ暦(いわゆる新暦)を採用したため、二十四節気の日付は毎年ほぼ一定とはなった一方、新暦は旧暦に対し、年初の定義の違いから来る日付のずれが発生することから、いわゆる「月遅れ」が生じることとなった。 この結果、例えば旧暦では「秋」であった「文月(7月)」が新暦では「夏」になったり、7月9日頃から8月11日頃までであった二百十日が新暦9月1日になったり、ボンの節会を行う時期が地域によって新暦7月と新暦8月に別れたりするなど、月遅れによるそれまでの慣習との相違が発生しているほか、また上述のような元々の中国風の定義も絡み、現在でも若干の違和感が存在することから、日本のメディアでは「暦の上では」 と前置きして説明されることがあるが、その暦は旧暦を指している。

ぜんざいの起源については、2説ある。一説は、出雲地方で旧暦10月に行われる神在祭(かみありさい)と呼ばれる神事の際、振舞われた神在餅(じんざいもち)が訛り、ぜんざいに変化したというもの。もう一説は、漢字で書く善哉が仏教用語で「よきかな」(素晴らしい)を意味し、最初に食べたとされる一休宗純が、あまりの美味しさにこの言葉を叫んだことから、善哉がそのまま名称になったと言われる。

ぜんざいは小豆を甘く煮て、中に餅や白玉団子などを入れたもので、夏は冷やして供されることもあるが、特に1月15日、小正月と呼ばれるこの日には、ぜんざいに鏡割りをした鏡餅を入れて、食べる地方が多い。小豆には抗酸化作用や、疲労回復などの効果があり、正月の疲れた胃腸や身体を休め、一年の無病息災を願う意味があるとされる。

関東の善哉は汁気が少なく、汁気の多いものを田舎汁粉などと呼ぶのに対し、関西では粒あんを善哉、こしあんをおしること呼び、共に汁気が多いなど東西で若干の違いはあるものの、家庭でも作られる庶民的な甘味として、今日も全国で愛されていることは間違いない。


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